Saturday, June 4, 2011

Akiko Yano



今夜はジャパンソサエティーで矢野顕子さんのパフォーマンスを観に行ってきました。私は13歳頃くらいの時から彼女の熱狂的なファンで、まだ中学生だった頃、当時の坂本家があった高円寺まで行って、娘の美雨さんの自転車のカゴにファンレターと鉢植えのお花を置いてきたこともあります。矢野さんから直筆で返事が届いた時はそれはそれは嬉しかったものです。いつもその葉書を持ち歩いて、どんな時も彼女の音楽と一緒でした。ニューヨークに引っ越してからも、彼女のライブは欠かさずに行きました。一番最初にJoe's Pubで矢野さんを観たときは、日本のコンサートに比べて、ものすごく近い距離で彼女の演奏を聴けることに感激したのを覚えています。そして、ライブ後、直接お話が出来たときの私の気持ちは言葉では表現できません。とはいえ、あまりにも思いが強すぎて、きちんと言葉が出なかったのですが。ある時のライブはちょうど私の誕生日で、一緒に写真も撮ってもらったのですが、あまりにも緊張しすぎて私の顔がものすごく曲がってしまってとても変に写っていて、せっかくの貴重な写真なのに、見るたび苦笑してしまいます。何回日本にいたときでは考えられないくらい近い距離にいても、直接お話ししても、こんな私も矢野さんの前では、がちがちになって、まったくファンクションできなくなってしまします。

矢野さんと彼女の音楽は私にとって、何年経っても、ものすごくたましいに一番近いところに存在しています。そして、彼女の音楽を生で聞く度に、今だに進化しつづけて新鮮である彼女に圧倒されると同時に、勇気づけられるのです。どの時代の彼女も本当にほがらかで、かわいらしくて、たくさんの情熱と愛があって、純粋にかっこいい。

今夜は今までとはちょっと違って、初めて矢野さんが日本語と英語の歌詞の訳やメロディーののせかたの違いなど、レクチャーを交えてのライブでした。そして、最後のほうでは私がとても大切に聴いてきたGreenfieldsという曲が聴けました。私自身はあまりじっくりと過去を振り返ったりしない性格なのですが、中学生の時からこの曲を聴いてきた時それぞれの自分の過ごしてきた日々ようなものが鮮明に心の中でいっぺんに再現されて、約20年そこら経った今、ここでこうしてニューヨークで満ち足りた気持ちでこの曲を同じ空間で聴けている事に、感謝の気持ちでいっぱいになりました。他にも、How Can I be Sure、「ひとつだけ」など懐かしい曲も聴けて素晴らしかったです。「ラーメン食べたい」は、今までも面白い曲だと思って聴いてきたのですが、今夜は特に歌詞に同感しました。奥が深い曲ですよね。周りも泣いている人たちが何人かいて、観客を笑わせながら同時に泣かせる音楽を創る矢野さんの魅力にやっぱり圧倒しつづけられます。これからも彼女の活躍が楽しみです。


Greenfields

昔はそこらに 穴があって 私もよく 落ちたものよ
おいしいもんと まずいもん食べて 背は伸びる 眼は開く
and then 心は冷える
たんすの中 もういっぱいなのに 欲しい もっと欲しい 
でも本当は さびしい
ほほえみの中 不きげんの中 うそつきの中 笑いとばそう

あなたの名前 よばれるまで たくさんのこと 
いっぱいのこと 集めて
悲しみの中から 光る石みつけたら みがいてそっと 飲みこむ
見知らぬ人と 話しはじめる 聞いたことのない 新しい話
私の耳は 光かがやき ひそやかな涙を ききわける

Weary days have gone
Won't be back again

よく晴れた冬の朝 おじいちゃんがいて セーターの色に
とびこむと「よくきたね」
ぶどう畑の向こう 今では私の新しい家 今度こそ私から
「よくきたね」
私の腕は 黄金となり 私達の愛を 押し広げる

Weary days have gone
Won't be back again

Talk about and talk about
Talk about the greenfields
Hear me now and hear me now
Hear me have the greenfields